100歳じいじ

大正・昭和・平成…を生きる、元気な100歳のおじいちゃんって?

「おじちゃーん」
「おじちゃーん」

1918年1月7日生まれ。そう、私には100歳になるひいおじいちゃんがいる。文次(ふみつぎ)おじいちゃんだ。私たち親戚は、「おじちゃーん」と敬意と愛情を込めて呼ぶ。

100歳のおじいちゃん・おばあちゃんは、日本全国に6万人以上もいるらしい。超高齢社会の日本では、100歳はそんな珍しくもないのかもしれない。しかし、大正・昭和・平成、そして来年になれば新しい元号になり、4つもの時代を生きることとなる。

筆者は、2018年現在20歳である。自分の5倍もの期間を生きていると思うと、「100歳」って本当にすごい!

おじちゃんは、耳が遠くなり、耳元で話さないとなかなか聞こえない。しかし、(すり足ではあるが、)リビングに来たり、ベッドに戻ったり、トイレに行ったりすることはできる。おじちゃんは、2018年現在、75歳になる(私の)祖母と暮らしている。そして、そのおじちゃんと祖母との家に私はよく泊りに行く。

夜中、私がリビングで勉強をしていたり、テレビを見ていたりすると、「ギーー…。」と、ドアが開く音がする。私が、おじちゃんの方を振り返ると「おお」と、手を総理大臣のように挙げながらトイレに行くのだ。少しすると、今度はトイレのドアの音が「ギーー…。」と鳴り、また総理大臣のように手を振りベッドに戻って行く。後を追い、布団を掛けてあげると、「どうもどうも、おやすみな!」と言う。「はい、どうもどうも〜。」私はおじちゃんの耳元で囁き、リビングに戻る。

これは、いつもの光景。しかし、いつも少しずつ異なる。私は、このページを書くに当たって、おじちゃんに「笑ってー」とカメラを向けながら頼んだ。頼むまでなく、最高の笑顔を見せてくれた。

=最後に、このページを発信して行く私の想いを綴りたい。=

私は、このページに二つの想いを込めている。一つ目は、文次おじちゃんの日々を発信したいという点。親戚に100歳がいることはとても誇らしい。そしておじちゃんの生き方は、自分の/親戚の中で残していくだけではもったいないと感じた。おじちゃんは、戦争時代も経験している。ふと戦争のことを話してくれたりもする。クイズ番組を見れば、答えを大声でテレビに向かって回答している。そんな何気ない日常の重さをおじちゃんを見ていると感じる。だからこそ、おじちゃんの生活を見て欲しいと感じた。

二つ目は、「介護」に関してだ。私は、現在社会学・経済学・政治学・法学を体系的に大学で学んでいる。家族社会学・社会保障学・社会福祉学などの分野では、よく「介護」の話題は取り上げられる。「ダブルケア」「老老介護」「認認介護」「介護離職」などの言葉は、ホットな社会問題だ。

この問題に対し、大学生の私ができることを考えた。法制を変える、金銭的な支援をするなどの大きなことは正直できない。そこでホームページを作成し、このように発信していくことで介護に悩んでいる方に「うちにも、あるある。」など、コミュニティの場となればいいのではないかと感じた。

とても微力かもしれないが、おじちゃんの日々を記すことという個人的な想いも込めて、このページを綴っていきたい。


文・撮影/福田 伊万里