受験

「上手くいった」編入と「上手くいかず」でも「上手くいった?」就活について

「上手くいった」編入

そもそも、大学編入が上手くいったとはなんなのでしょうか。それは、「合格」を指すのでしょうか。

私は、必ずしも「合格」=「成功」ではないと、「合格」した上で思います。なぜなら、反対に、現役で最も志望していた大学に「不合格」でしたが、それが「失敗」ではなかったと思っているからです。

もし、第一志望校に合格していたら、今頃私はここにいること(大学編入をしていたこと)はありえないでしょう。一般的に見れば、「大学生という貴重な時間を割いて、わざわざ大学を変える、専攻を変えるために、勉強をし直す」のですから。

私も何回も言われました。「なんで、そんな無駄なことするの」って。その人から見れば、大学編入に向けて頑張ることは、もっと言えば、大学生活において受験勉強をすることは無駄ということでしょう。

でも、私はそれでも、あの時編入に向けた勉強を死に物狂いで頑張って本当に良かったなって思います。

この「死に物狂いの勉強」を与えてくれたものこそが、現役で最も志望していた大学への「不合格」なのです。

無駄なことなんて、何もありません。

努力は必ず報われる!?

この「努力は必ず報われる」って言葉、皆さんは好きですか。あるいは、信じていますか。

私は、特に好きではないのですが…正直。でも、信じてはいます。なぜなら、編入への勉強の際に本気で思いつづけていた言葉だからです。

ただ、私の場合少し、この言葉に独自の解釈が加わります。それは、「報われたものが努力」だということです。それはもう…「努力=結果」が100%ですもんね。

昔からよく言われるこの「努力は必ず報われる」って言葉。私は、言い直しています。「結果残せて初めて努力といえる。」です。

厳しいなあ…ですよね!普段の生活をしているとそう感じます。ただ、本気で大学編入をしたいのであれば、これくらい本気で自分に厳しくあらないと、掴めないものだとも思います。

そんな思いの強さで結果が変われば、楽ですよね。そんな直接的なものではなく、思いが変われば、行動が変わり、成果に変わり、合格に変わると考えています。

だからこそ、「本気になれない」って時は、むしろ人生が望んでいないのかもしれません。

私は、それが就職活動でした。

「上手くいかず」でも「上手くいった」就活

就職活動では、私は中学生時代から憧れていた食品メーカーを志望していました。しかし、それは、「そこで働きたい!」という言葉に隠れた、「憧れのブランドに身を包みたい」だったのかもしれません。

そんな私は、いつしか「なりたい方向性」と「なろうとしている方向性」に差異が生まれ始め、もっというと、「なりたい方向性」を「なろうとしている方向性」に歪めようとさえしていました。

出てくるのは、分析をした結果と暗記した言葉に、上手くかわした(と感じた)笑顔。これでも、大学一年生から就職活動イベントには通うほどの就活マニアでした。(大学の入学式より前に、大学のキャリアセンターに通ったほどです。)そんな自分がなぜ、上手くいかないのか…。考えていましたが、それは考えるふりであって、本当は明確でした。

ただただ、本当になりたい自分と違うというだけ…です。

その結果、私は周囲がだんだんと内々定を持ち始める6月の上旬に就職活動をやめました。まだ、選考が残っていたものの、考え直すと入社するイメージが絶対的にわかないことに気づいてしまいました。

それは、自分が本当はやり残したことがあると、自分に素直になったからできた決断でした。

その結果、私は休学という選択をし、とことん、そのやり残したというやつに構ってみようと思ったのです。

つまり、一般的には就活は「失敗」と言われてしまうかもしれませんが、私はそれによって自分らしい休学という(まだ「成功」かはわからないけれど、それは自分次第ではあるけれど、)選択をすることができました。

満足とは決して言いません。なぜなら、まだ休学中に大きな成果を残しているとは言い難いからです。だからこそ、復学までのこの期間にきっちり成果を残し、この選択を「成功」と言えるようにひたすら努力します。

その休学中の活動については、ぜひこちらをご覧ください

事がより楽しくなるはずです!ぜひ、実践してみて下さい。


文・撮影/imacoro